sioの事例紹介

代々木上原にあるフレンチレストラン、「sio」
2020年、2021年にはミシュランガイド東京でひとつ星を獲得しています。
他にも、丸の内にある「o/sio」や、渋谷にある「パーラー大箸」、大阪心斎橋にある居酒屋「ザ・ニューワールド」などの系列店を展開。つい先日も表参道に新しく「Hotel’s」がオープンしました。また、noteやTwitterで話題となった「おうちでsio」やD2Cで販売している「ふつうのマヨネーズ」、他の飲食店やクリエイターとのコラボなど、目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。このように様々な接点を提供してくれているsio。その背景にある考え方や工夫について、紐解いていきます。

シェフ・鳥羽周作氏について

SNSでの発信や各メディアへの出演も多いシェフなので、ご存知の方も多いでしょう。サッカー選手、小学校教員を経て、32歳未経験から料理の道へ入ったという異色の経歴の持ち主、鳥羽周作氏。青山・Florilegeや恵比寿・Aria di Tacuboなどいくつかのお店を経て、代々木上原・Grisのシェフとなり、後にGrisを買い取る形でsioをオープンさせました。

鳥羽氏はsioのミッションを、「幸せの分母を増やす」と定めています。つまり、飲食店として対面で接客できるお客様(=分子)は限られているけど、対面でなくても自分たちにできることはたくさんあるから、より多くの人を幸せにしたい(=分母)。そのために、店舗で料理を提供することにとどまらず、サービスの拡大や情報の発信を積極的に行っています。

すべてにロジックを意識する

まず、sioの特徴として挙げたいのが、いつでも何にでも「圧倒的な戦略」と「ロジック」があるということ。
料理には明確な「ビジョン」と「狙い」があり、そのすべては言語化され、コースにも文脈をつくることが徹底されています。「おいしい」を超えた「感動」を提供したい、すべてはそのためです。

これって、なんとなく意外だと思いませんか。sioはレストランであり、料理って感性の世界じゃないの? 味にロジックなんてあるの? とつい思ってしまいそうです。しかしsioは決して「なんとなく」ではメニューをつくらないし、「なんとなく」でコースを構成することも「なんとなく」でSNS発信をすることもないのです。

料理の五味であるうまみ、塩み、甘み、酸味、苦みが、どういう強さ、どういった順番で感じられることが最適なのか。「なんとなく美味しいから」で終わることなく、ロジックに沿って考えられた料理が生まれていることが伺えます。鳥羽氏の言葉で言えば、これは「感動方程式」というもの。「美味しい」には必ず法則や根拠があるんですね。

わかりやすい例として、鳥羽氏のnoteではこんな話がされています。

note 鳥羽周作 「sio」オーナーシェフ
「感動した!」と言ってもらえるぼくの料理には、圧倒的な戦略とロジックがある より

鳥羽氏は、この「甘さに対する酸味」というロジックを利用し、たとえば、ビネガーの効いたサラダにホイップクリームを添えたりしてみるそうです。なぜそんなこと思いつくのかと思われても、ショートケーキの「イチゴ」を「ビネガー」に代替しただけで、ロジックとしては成立しているとのこと。

またsioでは、メニュー単体へのこだわりのみならず、コースの流れについても、物語のごとく起承転結を感じてもらえるよう、つくりこんでいるようです。

ひと皿目に提供するスープは、あえて少し薄めの味付け。
はじめから美味しすぎるものが出てくると、以降の感動が薄まってしまうからだそう。最初にちょっと「あれ?」と思わせておいて、次に出てくるお皿でビシッと決めて感動を生むことにしているんですね。

そうやって、組み合わせや流れ(鳥羽氏はこれを「文脈」と読んでいます)を意識することで、お客様により感動を味わっていただくことが可能になるのだそうです。

sioのような飲食業に限らず、ロジカルに考え、言語化を意識することは、ブランディングをする上でとても重要。これにより可能となることはいくつもあります。

まず、お店や料理の魅力、こだわり、背景などがハッキリ示されていれば、お客様にストーリーを感じてもらいやすいし、そのお客様からまた別の誰かへも展開されやすい。

あるいは、共通認識・共通言語を所有することで、お店の内部(従業員やお店づくりに関わる人の間)でも、自分たちがどのような料理を提供しているのか、どのようなお店を目指しているのかが理解されやすくなりますよね。どんな料理を提供するのか、来る人にはどのような気持ちになってほしいのかが明確になることで、一つひとつのオペレーションの精度は上がってきます。

また、きちんと言葉で説明することによって、再現性が高まります。
sioはSNSなどを通じて公式レシピを数多く発信していますが、ただレシピを公開するだけでなく、それがどのような料理で、どこにこだわりのポイントがあるのかをきちんと示しています。そうすることで見る人の期待値も高まりますし、仕上がりが明確に想像できるため一般の人が調理しても、再現しやすくなる効果があるのです。

そして、文脈をつくることが可能になります。
さきほど挙げた、コース料理の「ひと皿目のスープの味は少しだけ薄めにする」というように。それぞれ特徴ある料理を、コースの中でどこに位置づけるか。なぜそこに位置づけるのか。ロジカルに考えて定めることで、時間経過や人による考えのブレも少なくなります。もちろんコースの構成に限った話ではありません。sioがどのようなお店なのかを明確にすることで、そこに必要な従業員がどのような人なのか、内装や音楽はどのようなものがいいのか、文脈をつなげて、一貫したお店づくりを行うことができます。SNSなどの施策も、誰に向けてどんな狙いで行うべきなのかが定めやすくなりますよね。

ロジックがあればイレギュラーにも強い。
コロナ禍における数多くのイレギュラーにも、sioは次々と新たな試みを繰り出すことに成功しています。先に直感で「これやってみたい!」ということがあっても、すぐ実行するのではなく、後付けでもロジカルに検討してみる姿勢を忘れないようにしているようです。

……といった具合に、まずは”sio=常にロジックを意識しているお店”であることが伝わっていれば!

そしてここから、具体的に注目したいsioの姿勢や施策について見ていきましょう。

競争せず、共創する姿勢

sioは、他の飲食店と比べない・競わないことを目標としています。

鳥羽氏はあるインタビューで、これからは、レストラン同士でお客様を奪い合うのではなく、いろいろな人たちとレストランを作っていく(=共創)時代になると発言しています。

sioの「共創」とは、ひとつは他の飲食店を「競合」として考えないことです。むしろ一緒にお店をつくりあげ、愛着を持ってもらうことで、その人たちがまたお店を紹介してくれるなど、新しい形の関係性を目指しているようです。

また、他分野のクリエイターとの「共創」も意識しているようです。

sioのロゴや名刺を手掛けたのは、くまもんの生みの親であるクリエイターの水野学氏。音楽はDJの沖野修也氏が監修し、テーブルウェアはプロダクトデザイナーの鈴木啓太氏がデザインするなど、各分野のプロフェッショナルとともにお店づくりを行っていることが伺えます。これはお店が単なる飲食店で終わることを望んでおらず、sioという存在そのものをプラットフォームにして、ひとつのカルチャーをつくろうとしているから。多くの人を巻き込み、自身も巻き込まれながら、料理 × ○○の新たな分野を確立しようとしています。

ここにも、sioなりのロジックを見ることができそうです。やみくもに今やりたいことやこれまでの経験値だけで完結させず、お店の内装や雰囲気づくりも、目指すべき未来を明確に定めた上で行っている。将来どのような姿でありたいのかを言語化しているからこそ、いまどのような人とどのように手をとりあっていくのか、迷いなく判断することができているのではないでしょうか。

この考え方は、働く人に対しても同じ。他のお店から研修に来た人がいれば、「研修中は皿洗いだ!」なんて指示をすることは絶対にしません。わざわざ研修に来てくれた人は、お店の最前線に立って現場を学んでもらう。他のお店の方に対しても、技術は盗むものとは言わず、しっかり教えて、いい技術を共有するスタンスが見られます。

コロナ禍をチャンスに。飲食店の本質を考える

コロナ禍で飲食店の営業は大きく制限を受けることとなりました。営業時間の短縮や酒類の提供ができなくなるなか、sioは大きく4つの施策を行いました。

①「朝ディナー」の開始

アルコール提供ができない、かつ、夜の営業が難しい。ならばと、朝の時間帯にノンアルコールでティーペアリングが楽しめるコースが提供されました。

この試みは、コロナ禍での新たなライフスタイルや外食の楽しみ方の提案となりました。緊急事態宣言下にありながら、期間中に過去最高の店舗売上も記録したようです。
※ 従来のディナーコースと同じ内容の「昼ディナー」もあり。

② 軽食のテイクアウト販売

「HEY!バインミー」は1日200個以上の売上を記録します。バインミーとはベトナムのサンドイッチのこと。飲食店のテイクアウト施策そのものは多くのお店が始めていたものではありますが、客単価20,000円のミシュラン星付きのレストランが、1,000円の軽食を提供しているというのはまさに異例。さらに、フレンチレストランがベトナムのサンドイッチを販売することも異例ですが、そこにはもちろん、鳥羽氏流のロジック「勝てるフィールドを探す」という考え方がありました。

他店舗と競争をしないためには、名は知られていながらもマイナーな料理が題材として最適だった、ということのようです。その戦略は見事に成功し、店舗近くのリモートワーカーからも需要が高く、SNS投稿も多く見られました。

(HEY!バインミーは実際に試食しました。感想は記事の最後に!)

③ 贅沢でスペシャルなお弁当の販売

日本酒付きで30,000円。自宅でレストランをそのまま体験できるお弁当を目指し、弁当箱、風呂敷、箸、お手拭き、紙袋すべてがこだわり抜かれたものでした。

バインミーも贅沢弁当も、レストランの通常メニューにはないもの。同じものを提供するのではなく、テイクアウトだからこそおいしいものにしようと考えられたものです。ここにも、「ロジックで考える」姿勢は貫かれていますね。鳥羽氏の中には、下記のようなテイクアウトの法則があるようです。

④「おうちでsio」

SNSで見かけた方もいらっしゃるかもしれませんね。ステイホーム中の人たちに「自宅でsioの味を楽しんでほしい」と、看板メニューのレシピをTwitterやnoteなどで公開し、ブームに。メディアに多数取り上げられ、書籍化もされました。

これは、「幸せの分母を増やす」のミッションのもと、飲食店ができることの原点を示す施策。外出も外食もままならない時世において、お客様が求めているものは何なのか、今、お客様のためにできることは何なのかを徹底的に考えた結果、おうちでもsioを楽しめるようなレシピの提供を行う、ということにたどり着きました。

本格的な材料や道具ありきで作るフレンチではなく、スーパーで手に入る食材で、かつ料理初心者の方でも再現できるようなフローに調整されました。より多くの人に届くよう、できるだけ簡単に。

実際にレシピを見て作ってみた人には、「#おうちでsio」として、SNSへの投稿を呼びかけ。当時、Twitterフォロワー数6,000人ほどだったのが、6ヶ月足らずで58,000人まで増加しました。

スタンスを明確にするためのSNS

飲食店のシェフが個人でSNS発信を行うこと自体、まだまだ珍しいこと。鳥羽氏は、SNSを単なる広報・宣伝ツールとしてではなく、嫌な人は見てもらわなくていいという前提で、自分たちのスタンスを表明する場として効果的に使用しています。

お店の新メニューや営業時間のお知らせだけに使うSNSではない。自分たちがどんな想いで事業を行い、どんな考えのもとメニューを作り、どういった未来を描いているかについて、広くきちんと知ってもらう。そのスタンスに共鳴してくれた人が、お店のファンとなり来店へとつながることが狙いとされているのでしょう。

商品やメニューそのものだけでなく、背景やストーリー、スタンスまでをも含めてsioのファンになるからこそ、エンゲージメントは高まり、いずれ「カルチャー」へと昇華していくことになるのでしょう。

自分たちがどんな考えなのか、どう見られたいのか、ハッキリと言語化できていなければ発信は難しいものです。ロジカルに考え、言葉を大切にするという下地があったからこそ、発信も効果のあるものとなったのではないでしょうか。

またsioでは、鳥羽氏だけでなく、店舗のスタッフもそれぞれSNSでの発信を積極的に行っています。社員25人のTwitterフォロワー数は合計で13万人ほど。数の力で発信力を強める狙いももちろんあるでしょうし、お店やシェフ頼みでなく、社員一人ひとりが自分のファンをつくるということも意図しているかもしれません。

終わりに

sioの特徴的な考え方や施策をいくつも見てきましたが、その根底にあるのは、やはりロジックです。あらゆることをきちんと言葉で表現し、それを文脈で捉える。「なぜ」が徹底して考えられているから、お客様にも魅力が伝わりやすいし、働く人の中でも意思疎通がしやすくなっていることが伺えました。

そしてどんな取り組み・施策も、すべてが「幸せの分母を増やす」というミッションに基づいて考えられているか、果たしてそれはロジカルに考えた結果なのか、を常に追い求める姿勢が見られました。

それがより「sioらしさ」を強く形成しているのかもしれません。

※本記事の画像は、オフィシャルサイト/シェフのnoteに掲載されています。

編集後記
HEY!バインミー を食べる

コロナ禍において、SNSを通じてレシピ提供をしたり、テイクアウトメニューを開発したりと、新たな手法で幸せの分母を増やしてきたsio。昨年期間限定で販売されていた「HEY!バインミー」は現在、系列店のパーラー大箸(渋谷・フクラス6階)でテイクアウトすることができます。

お値段は1,000円。店頭で注文すると、すぐに出してもらえました。

フランスパン、なます、豚の生姜焼き、りんごのピュレ、レバーペースト、パクチーなどの具材で構成されています。

これが、「客単価20,000円・ミシュラン星付きレストランが提供する、1,000円のテイクアウトランチ」。鳥羽氏いわく、「お店に行ってみたくなる名刺」です。

食べた人が美味しくて幸せと思ってもらえたら、それは幸せの分母が増えたということでOK。さらにこのバインミーをきっかけに、sioのお店に訪れてみたいと思ってもらえたら尚よし、なんですね。テイクアウトにも徹底してこだわることで、リターンを期待できるのです。

豚の生姜焼きが少々塩味強めで、だからこそ、なますの甘味やりんごピュレの酸味と合っていました。そして好きな人にはたまらないたっぷりパクチー。sioの言う「味の設計」が細やかになされていることが想像できます。

ただし現在はパーラー大箸で販売されているものなので、これでsioへ行きたくなるというよりは、パーラー大箸へ直接行ってみたい気持ちになるのかもな、という気も(バズってたフルーツサンド食べたいなぁ)。テイクアウト→パーラー大箸→sioとちょっとずつステップを踏みながらもいいのかもしれませんね。

ごちそうさまでした!

(PROFITライター はなむら)

ブランディングや商品開発を手がける株式会社ザッツ・オールライトが運営するWEBマガジン「PROFIT」。ブランディングの観点から世の中の事例を紐解いたり、SNS運用のTipsを配信して、SNS担当のみなさんに役立つ情報をお届けします。ふとしたときに、週のまんなかに、どうぞご覧ください。