TAKANOMEの事例紹介

毎週水曜21時からの販売時には毎回およそ5分で完売するなど、「幻の酒」として注目を集めている日本酒、TAKANOME。
今回はそのブランディング戦略について。リリース前の準備段階、リリース前後、ブランドリニューアルと、TAKANOMEの成長を3つのフェーズに分け、それぞれで行われた施策について考察していきます。

TAKANOMEについて

TAKANOMEは、まさに「知る人ぞ知る」と形容するにふさわしい日本酒です。一般的な知名度こそ高いとは言えないものの、「クラウドファンディング達成率800%」「5分で完売」「15,000円という価格」「海外売上9割が目標」「2019年の発売時から1年で売上を18倍まで伸長」など、メディアで目にするたび、注目を集める存在であることがわかります。

販売するのは株式会社Forbul。代表である平野晟也氏が、生みの親です。

元々Forbulは、日本酒販売のためだけに生まれた企業ではありませんでした。日本酒を世界に広めたい、日本酒業界の課題を解決したい、と願う平野氏が創業したものです。最初は日本酒にまつわるメディアの運営や飲食店の経営などを行っていましたが、いずれも継続的な事業には至らず。その中で、“最後の事業”として着手されたのがTAKANOME。「自分が本当につくりたいものをつくろう」とする平野氏の覚悟によって、開発はスタートしています。

理想の日本酒開発は、平野氏自身が全国の日本酒を飲み、酒蔵を見学して歩き、国際利酒師の資格を取得するところから始まります。日本酒300種のブラインドテイスティング、数々の酒蔵リサーチや交渉などを経て協業先を選定、山口県の老舗酒蔵「はつもみぢ」にたどり着きました。

原材料へのこだわりはもちろん、米の精米歩合にとらわれず純粋なうま味を追求するために、あえて精米歩合を非表示とする決断もなされています。品質コントロールの観点からD2Cスタイルを導入、パッケージやブランドサイトのデザインなど全てに平野氏が自ら関わるなど、徹底してこだわり抜いた姿勢でつくられた日本酒が出来上がりました。

ブランディングの3つのフェーズ

第1フェーズは、商品の発売前。
開発終了直後から試飲会イベントなどを通じて、どのように認知を獲得していったのかについて解説します。

次に第2フェーズとして、発売前後の施策。

最後の第3フェーズは、リニューアル。
順調に売上を伸ばし軌道に乗った上でのリニューアルにはどのような狙いがあったのか、考察します。

第1フェーズ 発売前

TAKANOMEがまだ、本格的に世に出る前の施策。この時代は、「鷹目石(ホークアイ)」という名前がつけられていました。

開発終了後に、クラウドファンディングと試飲会のイベントがスタートします。

クラウドファンディングは、「ペアリング体験の提供」として、商品PRも兼ねて実施されました。新商品の開発資金集めや新サービスリリース前のPRとしてクラウドファンディングを行うこと自体は珍しくありません。ところが目標額30万円に対し支援総額268万円と、目標額を大幅に上回る達成により、注目されることとなりました。

目標額を大きく上回ることを狙って、あらかじめ低めに設定していたかどうかまではわかりません。しかし「わずか3時間で100%達成」「目標額800%達成」といったワードはキャッチーで、目をひきやすいもの。

「なんだかすごい日本酒があるらしいぞ」と世間に露出していくため、「ニュースをつくる」(捏造するという意味ではなく、ニュースになりそうなポイントを突く)ことには大きく成功した施策だと言えそうです。インパクトのある題材は、そのままPRになるんですね。

一方、地道な施策もコツコツと行われていました。それが日本酒を飲み比べるイベントの開催です。ここでファンをつくり、口コミの形成をすることが、おそらく狙いとしてはあったといえるでしょう。また、一般の方にTAKANOMEを知ってもらうだけでなく、日本酒と関連のある著名人やインフルエンサー、同業者とのコネクションをつくる機会でもあります。発売後を見越し、知名度や信用力を高めておくことで、発売時のスタートダッシュにつながっていったのではないでしょうか。

ちなみに具体施策とは言えませんが、開発背景やこだわりには、注目を集められる要素が詰まっていることも知っておきたい点です。たとえば15,400円という価格設定や米の精米歩合について。従来の日本酒らしさとは異なる点において、人の印象に残りやすくなるでしょう。これは「日本酒業界の課題を解決したい」といった考えのもと、この日本酒が開発されたから。低価格が求められるため質が犠牲となりやすかったり、ワインなどと比べると海外製品と勝負しづらかったりした日本酒を、ワインと同等に並べられる価格に設定したことは、日本酒の中ではこれまであまりとられなかった施策ではないでしょうか。

米の精米歩合については、TAKANOMEは公表していません。従来の日本酒では、味よりも「いかに米を磨いたか」によって価格が決まってしまうことが多かったことを課題としてとらえ、数値にとらわれず味そのものにこだわる姿勢が貫かれました。もちろん、「日本酒は米が磨かれているほど美味しい」といった先入観にとらわれず飲んでほしいといった想いもあったのでしょうね。

体験会、試飲会ののちには数量限定での発売も行われるようになっていきます。

第2フェーズ 発売前後

第2フェーズでも、ふたつの施策を取り上げます。このときは名前が少し変わり、「鷹目石(ホークアイ)」から「鷹ノ目(ホークアイ)」となりました。

注目したいひとつ目の施策は、数多くのプレスリリース出稿です。発売は2019年10月。そこへ向け、2019年8月からの2ヶ月でPR TIMESへの記事掲載は5本となっています。

プレスリリースは新商品・新サービスの告知として使われるものではありますが、イベントの集客目的としても出稿されるものです。イベントとの連携を考えながら、複数回出稿しています。たとえばTAKANOMEの場合は、同じイベントの告知記事に関して2パターンのPR記事を出稿するなど、受け手の反応を見ながら記事の内容を工夫していることがわかります。1度集客目的のプレスリリースを出して思うように成果が上がらなかった場合は、同じイベントでも表現を変えて再リリースしたりすることも大切なのですね。

もうひとつは、発売以後の施策。「こういった人に飲んでほしい」とターゲットを明確にし、そのターゲット像に近いインフルエンサーへのギフティングを行っているようです。ギフティングはそのインフルエンサーがSNS等で紹介してくれることが期待できます。(広告費の削減も期待できます)もちろん人に紹介したくなるような中身あってこそ、ではありますが。試飲会などで地道に人脈をつくることは、こういったことにも活きてくるのかもしれません。

また、公式インスタグラムをタグ付けしている人たちの投稿を見ると、ラグジュアリーな場所できらびやかな装いの方々が、社交の場で食事とともにこの日本酒を楽しんでいるような場面が多く見られます。あくまで仮説ではありますが、もしTAKANOME側からこのような特定の方々にタグ付けを依頼しているのだとすれば、飲んで欲しいターゲット像と、飲んで欲しいシチュエーションを視覚的に提示する狙いがあるのかもしれません。

SNSを通じて、どのような人がどんなシチュエーションで楽しむものなのかが可視化されていると、同じような嗜好の方へ伝播していきやすいものです。つまりは、明確なターゲットに届くことでそのコミュニティー間での口コミが発生し、不特定多数ではなく、買ってほしい人に買ってもらうことができる。どんな人が飲むお酒なのか、イメージをつくることもできる、そんな施策だったと言えそうです(仮説です)。

第3フェーズ リニューアル

徐々に知名度を上げ、軌道に乗ったタイミングですが、2021年の6月にはリニューアルを行っています。この段階で2度目の商品名変更を行っており、現在の「TAKANOME」となりました。味わいを引き上げ、パッケージ、ラベル、ロゴなども刷新し、Forbulとしてのミッション・ビジョンを策定しています。

順調に売上を伸ばす中でのリニューアルは珍しいと思われるかもしれません。しかしこのリニューアルはある程度土台を固め、より自分たちの進みたい方向に思い切り舵を切るためのリニューアルだったと見て取ることもできます。元々、価格設定やギフティング先の選定などで方向性はある程度定めていたと思われますが、リニューアルでは思い切りラグジュアリーな路線を狙っています。

また、デザイン刷新だけではなく、イベントの企画内容にも変化が見られました。(新型コロナウィルス感染拡大の影響で試飲会などのイベントが行えなくなったことも背景に考えられますが)シャングリ・ラ東京監修の「TAKANOME Asian Bento Box(28,000円)」を発売。TAKANOME とのペアリングを楽しむ企画です。自社のみで企画するイベントではなく、高級ホテルとタッグを組んで、TAKANOMEを高級感ある日本酒へと印象づけるための戦略が取られている一例だと言えそうです。

一度発売を開始して軌道に乗っているのに下手にリニューアルするとそれまでのファンが離れてしまうかも……と考えがちですが、発売後のリニューアルをいとわない姿勢も大切なのかもしれません。

終わりに

TAKANOMEの事例は、何か画期的な広告を行っただとか、緻密なSNS戦略で成功した、と言えるような事例ではないかもしれません。しかし逆に言えば、ブランディングやPRとして抑えるべき基本的なポイントをかなりしっかりと抑えている事例としてみることができるのではないでしょうか。

つまり、

・大前提として、商品開発にこだわる
・地道にコネクションを築き、口コミを重視する
・商品発売に合わせて的確なPRを行い、その効果を最大化させる
・買ってほしいターゲットを明確にする
・ラベルやSNS投稿などに統一感をもたせることで世界観をつくる
・軌道に乗っているときでも大幅リニューアルをいとわず目指すイメージに近づく姿勢を持つ

といったことを、TAKANOMEは怠らなかったために成功した事例だと言えるのです。加えて、TAKANOMEの公式LINE(2021年8月時点での友だち数:30,474)を友だち登録すると、販売となる毎週水曜日21時の直前に通知がくるなど、小さな気遣いも着実に実行されています。

D2Cの形態をとる新たなビジネスだからといって、新しい手法だけにこだわる必要もないのかもしれません。そのときどきで打つべき施策を的確に見極めることも、ブランドをつくる上では大切なことだと言えそうです。

※本記事の画像は、オフィシャルサイト/プレスリリースに掲載されています。

編集後記
実際に注文してみました

「5分で売り切れ」の幻の日本酒。本当に買えるのか、そして味はどうなのか。実際のところはどうなのか、TAKANOMEは気になるところがたくさんある日本酒だと思います。

ならば当然、実際買って飲んでみるのが考察記事の役割でしょう。

……との想いで筆者は水曜21時、PCの前に待機を始めたわけです。

・購入はスムーズ
事前に公式ラインの友だち登録をしておくと、当日の夜にリマインドの連絡をもらうことができます。それを受けて、21時に待機。21時ちょうどに、商品購入ボタンが現れます。

ちなみに商品を購入しなくても事前に会員登録ができるので、先にしておくとスムーズかもしれません。

21時の発売開始と同時に購入操作を行ったため、スムーズに買うことができました。筆者が購入した日は21時10分ごろまで購入ボタンがあったため、過度に焦らずとも時間通りにサイトへアクセスすれば買える印象です。

・配送が早い!
水曜日に注文して、金曜日の午後にはクール便で届きます(筆者の住まいは東京都内です)。クールで届くため、夕方に受け取れば金曜の夜にはもう楽しむことができるんですね。その週の週末に楽しんでもらえるように迅速な配送を行っていることがよくわかります。

・箱が重い!
TAKANOMEはダンボール+梱包材ではなく、重厚な箱に収められています。木箱にワインが収められているようなイメージですね。ちょっと重めの蓋をス―――ッ…っと開ける一瞬に高級感が詰まっている気持ちになりました。コンセプトを語るリーフレットもついてきます。

・とにかく濃く、刺激強めで旨い。
パイナップルのような香りとオレンジピールのような上品な苦味で、はちみつのような濃厚さ。肉に合う。……というのがTAKANOMEの前情報ですが、飲んでみると実際そのイメージ通りだと感じました。

香りは甘くて濃い香り。ちょっとみりんっぽいような、濃い印象を感じました。香りが豊かなので、お猪口で飲むよりもワイングラスで飲む方が向いているかもしれません。味はかなり舌の真ん中にガツンとくるものがあります。サラッと飲みやすい日本酒というより、アタック強めでかなり口の中に残る印象です。「旨口」という分類になるのかしら。食事と合わせるならしっかり冷やしたものが合いそうです。

肉に合う、といった宣伝文句も納得。合わせる食事はそれ自体の味がしっかりしたものの方がいい組み合わせになりそうです。 個人的には東南アジア系の料理が合いそうに思いました。

TAKANOMEは「日本酒が初めての人にも」と謳っているのに、刺激強めの日本酒なのがちょっと意外ではないでしょうか。日本酒が初めての方には、「飲みやすい」ものを進めるイメージがありますよね。そこを最初から刺激が強めのものを持ってくるのは、「むしろワインに近いものとして認識してもらう」「肉と日本酒のような“組み合わせ”を重視することで日本酒への先入観を払拭する」などの狙いもあるのかもしれませんね。あまり考えたことのなかったアプローチとして感じました。

(PROFITライター はなむら)

ブランディングや商品開発を手がける株式会社ザッツ・オールライトが運営するWEBマガジン「PROFIT」。ブランディングの観点から世の中の事例を紐解いたり、SNS運用のTipsを配信して、SNS担当のみなさんに役立つ情報をお届けします。ふとしたときに、週のまんなかに、どうぞご覧ください。